東京地方裁判所 平成9年(ワ)13511号 判決 1998年9月14日
原告
岩井豊
被告
東洋信託銀行株式会社
右代表者代表取締役
武内伸允
右訴訟代理人弁護士
河村卓哉
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告と被告との間で原告が被告の従業員としての雇用契約上の権利を有することを確認する。
二 被告は原告に対し金三〇〇万円を支払え。
三 被告は原告に対し平成八年一一月一五日から第一項の確認がされるまで一日当たり金一八万円を支払え。
四 被告は原告に対し平成六年五月二五日から第一項の確認がされるまで一か月当たり金五万五〇〇〇円を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被告に雇われていた原告が被告のした懲戒解雇は無効であると主張して被告の従業員としての雇用契約上の権利を有することの確認、解雇による原告の社会的信用の失墜に対する慰謝料、解雇から地位の確認がされるまでの間に原告が被る精神的苦痛及び身体的苦痛に対する損害賠償並びに被告の住宅補修費・家賃補給金規定に基づく家賃補給金の支払を求めた事案である。
二 前提となる事実
1 原告は昭和五〇年四月一日被告に入社したが、被告は平成八年一一月一四日付けの解雇通知と題する書面をもって原告に対し同人を解雇する旨の意思表示をし(以下「本件解雇」という)、その意思表示は原告に到達した(争いがない)。
2 被告の就業規則には第五四条として懲罰の種類について規定が設けられており、それによれば、懲罰には戒告、譴責、減給、諭旨退職及び懲戒解雇があり、諭旨退職は諭旨の上退職させるというものであり、懲戒解雇は即時に解雇するというものであり、諭旨退職では退職金の一部又は全部を支給しないことがあるが、懲戒解雇の場合には原則として退職金を支給しないとされている。第五四条の2には懲戒事由として、重要な経歴を偽りその他不正の手段を用いて採用されたこと(同条一号)、社長の承認を受けずに他の事業に従事し又は自己のために営業したこと(二号)、正当な理由がなく会社の指示命令に服従せず、再三注意しても改めないこと(三号)、正当な理由がなく無届欠勤が継続七日以上に及ぶこと(四号)、故意に会社の重大な秘密を漏洩したこと(五号)、故意又は重大な過失により会社に損害を与え又は会社の信用を毀損したこと(六号)、会社の内外を問わず不正又は不法な行為によって刑の宣告を受け又は刑の宣告を受けることが明らかとなったこと(七号)が規定されており、諭旨退職は第五四条の2に規定する事由に準じた行為があった場合に行うこととされている(第五四条の3)。被告の就業規則には右のほかには解雇について定めた規定はない(書証略)。
3 被告の住宅補修費・家賃補給金規定は、会社施設以外の賃借住宅に入居する世帯主職員で配偶者又は子女のある者が毎月支払う家賃が基準家賃である金一万四〇〇〇円を越える場合には家賃補給金を支払うこと、毎月支払う家賃が基準家賃を超えた場合の家賃補給額の上限については東京都、神奈川県、埼玉県及び千葉県に所在する部店に勤務する者については家賃が六万九〇〇〇円以上の場合には金五万五〇〇〇円とすることを規定している(書証略)。
三 争点
1 本件解雇は有効か。
(一) 被告の主張
(1) 本件解雇は就業規則に規定する懲戒解雇としてされたものではなく、民法六二七条に基づいて雇用を継続しがたい合理的かつ正当な理由があるとしてされた解雇であり、労働基準法二〇条一項に従って平均賃金三〇日分の解雇予告手当を支払ってされた解雇である。
(2) 雇用を継続しがたい合理的かつ正当な理由とは、次のとおりである。
ア 原告は従来より多額の借金を抱えており、被告の人事担当者から再三にわたり財務を改善するよう勧告され、その債務の整理に当たって被告から種々の協力を得ながら、一向に改善されず、債権者から給料の仮差押えを受けたり勤務中にも債権者から電話がかかってくるようになるなどいわゆる多重債務者といわれる状況に至ったが、このような状況に立ち至ったことは他人の財産をその信頼の上に信託を受けることを主業とする被告の従業員としての適格性に欠ける。
イ 原告は平成八年七月一八日深夜東京都台東区上野にあるスナックにおいて不祥事を起こし、暴行の容疑で逮捕され上野警察署に二日間留置された。
ウ 原告は上司から職分外のことに関与することを禁じられ、上司の命令を遵守することを書面で誓約しながら、これを無視して被告の取引先の関係者に職分外のことを取引として持ちかけるなど上司の命令や上司との誓約に反することをあえて行った。
(3) 原告は本件解雇後に被告から支払われた解雇予告手当のほか退職金や退職年金一時金を受領して費消しており、また、退職に伴う離職票の発行請求、退職金受領のための書類の作成など退職に伴う必要手続を自ら行い、更に自ら手続をとって失業保険を受領するなど、被告を退職したことを前提とする行動をとっている。これらは原告自身が本件解雇が有効であることを認識していたことを示している。
(二) 原告の主張
本件解雇は懲戒解雇であり、原告は就業規則に定める懲戒解雇事由に当たる行為をしたことはない。
2 解雇による原告の社会的信用の失墜などに対する慰謝料の支払義務の有無について
(一) 原告の主張
(1) 金融機関の職員が解雇された場合、その解雇された職員は破廉恥罪を犯したと思われるのであり、そのため原告は本件解雇によって被告の他の職員、友人、知人その他周囲の者から何か破廉恥なことをしたから解雇されたと思われたわけであり、本件解雇によって原告の社会的信用は失墜したというべきであるが、これを金銭で慰謝するとすればその額は金三〇〇万円である。
(2) 本件解雇が無効であることが認められ、被告の従業員としての地位が確認されるまで原告の社会的信用の失墜という状態は継続するのであり、これに対し原告は精神的苦痛を被るわけであるが、これを金銭で慰謝するとすればその額は一日当たり金三万円である。
(3) 原告は本件解雇当時勤務に耐えられない健康状態であったので療養のため休業を願い出たところいきなり解雇され、そのため収入を絶たれ健康保険も使えなくなり必要な治療が受けられないという悲惨な状態におかれるという身体的損害を被っており、本件解雇が無効であることが認められ、被告の従業員としての地位が確認されるまでこの身体的損害は継続するわけであるが、これを金銭で慰謝するとすればその額は一日当たり金一五万円である。
(二) 被告の主張
本件解雇は正当であり、原告の主張に係る慰謝料請求は失当である。
3 家賃補給金の支払義務の有無について
(一) 原告の主張
原告は平成六年五月二五日自宅を売却して家を賃借したが、被告は住宅補修費・家賃補給金規定の恣意的解釈により原告が家賃補給金を請求したにもかかわらず原告に対し家賃補給金を支給しなかった。
(二) 被告の主張
(1) 原告が平成六年一二月に提出した住所等変更届には移転先住居は家族所有となっており賃料欄も空白になっていて移転先住居を賃借したという証拠の提出も正式な申出もなく、その後も正式な支給願いは提出されていない。原告が平成八年一月に提出した原告の住居及び家族届に家賃が金七万円の住居を賃借しているという記載があったが、これを信ずるに足りる資料は提出されていない。そもそも原告が平成六年五月二五日に自宅を売却して住居を移転したのは原告の借金の整理のためであったが、原告は被告が斡旋した売却先を拒んで自分の実弟に売却し、これに伴って住居を移転したのであるから、その経過からすれば家賃補給金の支給を求めるのであれば賃借の事実及び賃料の額を証する資料を提出して申請すべきであるところ、原告からそのような申請はされていない。
(2) 被告は自己所有の住居に居住する者については住宅取得費を東洋信託銀行共済会(以下「共済会」という)から融資したり住宅を維持するために住宅補修費を支給したりし、賃借住宅に居住する者については家賃補給金を支給しているが、このように家賃補給金は被告の職員の住宅に関する制度の一環として設けられたもので、その目的は社宅居住者、自己所有住居居住者、賃借住居居住者間の公平を図ることにあり、そのような目的からすれば法律上同居義務のある配偶者の所有に係る住居に居住する者に家賃補給金を支給することは予定されていないというべきである。
(3) 移転先の住居の所有者は当初は原告の妻であり、平成七年一二月には原告の長男に贈与されているが、原告の妻や長男は原告の扶養家族として扶養控除のみならず家族手当も支給されていることからすれば、原告がその移転先の住居の所有者である原告の妻や長男に対して賃料を支払っていたことはおよそ考えられない。
(4) 原告の移転先の住居は極めて粗末な建物であり地の利も考えれば到底金七万円もの賃料の対象となるものではない。
(5) 原告は自宅を購入する際に共済会から融資を受けており、これを売却する際には原告の自宅に設定されていた担保権を抹消するためにその被担保債権の弁済に充てる目的で共済会から新たな融資を受けており、このように共済会から新たな融資を受けた上で家賃補給金の支給を受けることは原告一人を特別扱いすることであり、家賃補給金の支給の目的である被告の職員間の公平を図るということにも反するのであって、共済会からの融資が続く限り家賃補給金が支給されないのは当然である。
第三当裁判所の判断
一 争点1(本件解雇は有効か)について
1 前記第二の二2、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告は他人の財産をその信頼の上に信託を受けることを主業とする信託銀行であるから、その従業員が多額の負債を負っていることは被告の従業員としての適格性に欠けるというべきであるところ、原告は、平成八年一一月一五日に被告から解雇通知を受けた時点で、約一億円の借金を負っており、被告に対する給料債権などについて仮差押えがされており、その後も被告に対する給料債権などについて仮差押えや差押えがされていた(書証略、原告本人、弁論の全趣旨)。
(二) 原告は、同年七月一八日午前一時ころ、スナックの従業員に対する暴行の容疑で逮捕され、二日間上野警察署に留置されたが、この一件は雑誌に掲載され、被告の職員が暴行事件を起こして逮捕されたことが報道された(書証略、原告本人)。
(三) 原告は被告に在籍中に海外の友人からトヨタ自動車のカローラ四〇〇〇台を手に入れるためのコネクションを付けてほしいとの依頼を受け、上司から業務外であるため関与してはならない旨の文書を受け取り、これを了承した旨の文書に署名したにもかかわらず、夜一一時ころトヨタ自動車の従業員の自宅に電話を架け、同人から被告に苦情の電話があった(書証略、原告本人)。
(四) 原告の同年八月から同年一〇月までの給与の支給額は毎月金五四万八三〇〇円であり、右の三か月間の昼食費補助金が金七五〇〇円、右の三か月間の通勤交通費が金九万三二七〇円であり、その合計は金一七四万五六七〇円であるところ、右の三か月間の暦日日数は九二日であるから、一日当たりの平均賃金は金一万八九七五円(五〇銭以上一円未満の端数については一円とする。通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律三条)となり、その三〇日分は金五六万九二五〇円となる(弁論の全趣旨)。被告は同年一一月一四日解雇予告手当として金五六万九二五〇円を原告の預金口座に振り込む方法により支払った(書証略)。
(五) 被告の就業規則には懲戒解雇に関する規定のほかには解雇について定めた規定はない(書証略)。
2 以上の事実を前提に本件解雇の有効性について検討する。
(一) 被告の就業規則には懲戒解雇に関する規定のほかには解雇について定めた規定はない(前記第三の一1(五))というのであるから、解雇自由の原則に照らし、当該具体的な事情の下において解雇に処することが著しく不合理であり社会通念上相当なものとして是認できないときには当該解雇が無効とされる場合があるほかは、解雇は自由になしうるものというべきである(本件全証拠に照らしても、被告が解雇自由の原則に基づいてその従業員を解雇する(解雇自由の原則に基づいてする解雇を以下「普通解雇」という)権限を一切放棄し、懲戒解雇権しか行使しないこととしたことを認めるに足りる証拠はない。就業規則には懲戒解雇に関する規定しか設けられていないことをもって、被告は就業規則上普通解雇権を一切放棄し懲戒解雇権しか行使しないこととしたということはできない。原告はその本人尋問において被告では解雇といえば懲戒解雇しかなかったと供述しているが、この供述は右の判断を左右しない)ところ、本件解雇が被告の就業規則に規定する懲戒解雇としてされたものでないことは証拠(略)から明らかである。
(二) そこで、本件解雇が普通解雇に当たるとして、本件解雇についてその具体的な事情の下において解雇に処することが著しく不合理であり社会通念上相当なものとして是認できない事情があるかどうかについて検討するに、
(1) 原告は本件解雇の時点において多額の負債を負っており、また、本件解雇までに暴行事件を起こして逮捕され警察に留置されたり、上司の命令を無視したりした(前記第三の一1(一)ないし(三))というのであるから、およそ原告は被告の従業員としての適格性に欠けているというべきであり、本件解雇には原告との雇用を継続しがたい合理的かつ正当な理由があるというべきである。そして、労働基準法二〇条に基づいて原告に対し解雇予告手当を支払った(前記第三の一1(四))のであるから、本件解雇は有効である。
(2) これに対し、原告が暴行事件を起こして逮捕されたことがマスコミによって報道されたこと(前記第三の一1(二))が被告の就業規則第五四条の2の六号に、原告が上司の命令を無視して業務外の件を行おうとしたこと(前記第三の一1(三))が被告の就業規則第五四条の2の三号に、それぞれ該当するといえなくもない(答弁書の五丁裏六行目から八行目の「思料された」までによれば、被告は右の件が懲戒解雇事由に当たると考えているようである)が、懲戒解雇事由に該当する行為があっても、懲戒解雇という手段を採らずに普通解雇することはできるものと解されるから、仮に右の件が懲戒解雇事由に該当するとしても、懲戒解雇事由のある従業員について普通解雇したことをもって本件解雇の効力が左右されるわけではない。
3 以上によれば、原告の被告に対する従業員としての雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は理由がない。
二 争点2(慰謝料の支払義務の有無)について
1 原告は、本件解雇によって原告の社会的信用は失墜したと主張するが、仮に原告の主張するような社会的信用の失墜があったとしても、本件解雇が有効であると認められる本件においては、原告の主張するような社会的信用の失墜があったことを理由に本件解雇が原告に対する関係で違法となることはなく、したがって、被告に慰謝料の支払義務は生じない。
2 原告は本件解雇が有効であると認められるまでの間に原告が被る精神的肉体的損害についての賠償を求めているが、仮に原告がその主張に係る損害を被っているとしても、本件解雇が有効であると認められる本件においては、原告の主張に係る損害が発生していることを理由に本件解雇が原告に対する関係で違法となることはなく、したがって、被告に慰謝料の支払義務は生じない。
3 以上によれば、被告の原告に対する慰謝料の支払請求は理由がない。
三 争点3(家賃補給金の支払義務の有無)について
1 証拠(書証略、原告本人(ただし、次の認定に反する部分を除く))によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は千葉県印旛沼郡(以下、略)に自宅を所有していたが、平成六年五月二五日に同町(以下略)に所在する建物に引っ越し、以後本件解雇に至るまでこの建物に居住していた(書証略、原告本人)。
(二) この建物は原告が引っ越してきた当時は原告の妻の所有であったが、その後所有名義は原告の子どもの名義に書き換えられている。この建物については賃貸人を清水八洲雄(以下「清水」という)、賃借人を原告とする貸室賃貸借契約書が作成されている。貸室賃貸借契約書の日付は平成六年五月二五日であり、この建物の賃料は一か月当たり金七万円とされている。原告の妻は原告の扶養家族として被告に届けられており、原告の子どもは成人するまでは原告の扶養家族として被告に届けられていた(書証略、原告本人)。
(三) 原告が同年一二月二日に被告に提出した住所等変更届兼寮・社宅入居退去届では新居の種別の欄の「4家族所有」が丸で囲んであり、家賃月額の欄は空白であるが、同欄には「(5、6、7の場合記入のこと)」という記載がある(書証略、原告本人)。また、原告が平成八年一月に被告に提出した住居及び家族届では現住居の状況の欄の「2家族保有・親元」が丸で囲んであり、家賃の欄には一か月当たり金七万円という記載があった(書証略、原告本人)。
2(一) 前記第二の二3のほか右の1(三)によれば、被告の住宅補修費・家賃補給金規定に基づいて家賃補給金の支給を受けるには、会社施設以外の賃借住宅に入居する世帯主職員で配偶者又は子女のある者であること、同人が毎月支払う家賃が基準家賃の額金一万四〇〇〇円を超えることを満たす必要があるが、同人が賃借している建物がその職員の家族の所有に係る建物であるからといって、そのことを理由に家賃補給金の支給を否定されることはないものと解される(ただ世帯主職員がその家族の所有に係る建物に居住している場合には職員とその家族との間に使用貸借契約が成立していることが多いものと考えられ、その場合には賃借しているという要件を欠いていることを理由に家賃補給金は支給されないことになろう)。
(二) ところで、原告は家賃補給金の支給を申請したのに被告はこれを支給しなかったと主張するので、まずこの点について検討する。
原告は、その本人尋問において、申請をしたのがいつであるかはっきりしないが、原告は契約書(書証略)と家賃の領収書(書証略)を被告に提出して家賃補給金の支給を申請したと供述している。しかし、原告は平成六年一二月二日にその家族の所有に係る建物に居住している旨を記載した書面を被告に提出している(前記第三の三1(三))から、仮に原告が供述するとおり原告が被告に契約書(書証略)と家賃の領収書(書証略)を提出したとすると、原告は一方では第三者から建物を賃借していることを証する書面を被告に提出し、他方では家族の所有に係る建物に居住していることを明らかにした書面を提出していることになるから、被告から原告に対し原告の居住する建物の貸借関係について当然問い合わせがあるものと考えられるにもかかわらず、原告の本人尋問の結果からは被告からそのような問い合わせがあったことは全くうかがわれないのであり、また、家賃補給金が支給されないことについて被告に抗議したことなども全くうかがわれないのであって、被告が原告から家賃補給金の支給申請はなかったと主張していることも考え合わせると、原告の供述だけでは原告が契約書(書証略)と家賃の領収書(書証略)を被告に提出して家賃補給金の支給を申請したことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告が被告に対し家賃補給金の支給を申請したということはできない。
(三) 次に、被告の主張は、原告から明示的な家賃補給金の支給の申請がなくとも原告から提出された資料から原告が賃借建物に居住していることが明らかになれば原告に対し家賃補給金を支給することがあるかのようにも解されるので、そもそも原告が家賃補給金の支給要件を具備していたかどうかを検討する。
(1) 原告はその本人尋問において原告は清水から貸室賃貸借契約書の記載のとおり引っ越し後の建物を賃借し現実に家賃を支払ったと供述するが、そもそも引っ越し後の建物の所有者は原告の妻であり(前記第三の三1(二))、原告の妻は原告の扶養家族として被告に届けられていて(前記第三の三1(二))原告とその妻は生計を一つにしているというべきであるところ、通常世帯主職員が世帯を同一にする家族の所有に係る建物に居住している場合には世帯主職員とその家族との間で建物の居住について使用貸借契約が成立しているものと考えられるから、原告がその妻の所有に係る建物に居住するに当たって第三者である清水が原告との間で賃貸借契約を締結していることは不自然であるというべきである。
(2) これに対し、原告はその本人尋問において原告の妻はその所有に係る建物の管理を清水に委託しており、原告はその委託を受けた清水から建物を賃借していると供述しており、原告がその妻の所有に係る建物に居住するに当たって清水との間で賃貸借契約を締結した理由について一応の説明をしているが、他方、原告がその本人尋問において原告は清水に多額の借金を負っていたことを認める供述をしていることからすると、原告が清水との間で賃貸借契約を締結したのは被告から支給される家賃補給金を原告の清水に対する債務の弁済に充てるためであったと考えられないでもない。
(3) そうすると、原告の提出に係る契約書(書証略)及び家賃の領収書(書証略)のほか原告の供述を総合しても、それらだけでは原告が清水から引っ越し後の建物を賃借し現実に家賃を支払ったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告が引っ越し後の建物を賃借していたことを認めることはできないのであり、原告は家賃補給金の支給要件を具備していなかったというべきである。
(四) 以上によれば、被告が原告に対し平成六年五月二五日以降の家賃補給金の支払義務を負っているということはできない。
3 以上によれば、被告の原告に対する家賃補給金の支払請求は理由がない。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
(裁判官 鈴木正紀)